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たましうむ・魂に刻まれた物語

ペルーの旅で突然前世がみえるようになり、自分の前世を紐解くうちに事務職の会社員からカメラマンになりました。魂に刻まれた物語を読み解き、前世から引き継いだ才能・能力・課題を今の人生にいかすことを探求中。

魂の本質〜才能と課題2〜課題に取り組んでみた

今の人生で、または

何度もの生まれ変わりで

繰り返し起こる困難な出来事、

登場人物や具体的な内容は変わるけど

同じようなことが起こる。

 

言い方を変えれば

乗り越えようと自らが決めた課題。

※※※※※※※※

課題を前世から持ち越すことを知らなかったし、

課題について意識したこともなかった。

そんな中、いつも心がけていたのは、

"前世から得た情報を、今の人生に活かしたい"

ということ。

今の人生に役立てるところまで持っていきたい

という気持ち。

 

前世がみえるということで、

あやしい人だと思われたくない

という気持ちと

今の人生に役立てられれば

アヤシさは減るんじゃないか

という気持ちがあった。

でも、一番根底にあったのは

「前世と今の人生の繋がりについて、知りたい!」

という強い想いだった。

 

ある時「あ!!!」と、何の脈絡もなく

3つの前世に共通点があることに気付いた。

 

"いつも、途中でやめている"

 

長年かけて追求していること

打ち込んでいること

それを、何かのきっかけで

すっぱりとやめてしまっていた。

 

…今の人生でも、思いあたる。

 

結構な衝撃を受けて

身体にはビリビリと電気が流れてるようだった。

 

「今回(今の人生で)は、とにかく続ける。」

写真に関して

とにかく、1回1回をやりきる。それを続ける。

と決めた。

 

前世がみえる、スイッチOFFの練習

夜、部屋でひとり本を読んでるとき

電車に乗り、ボーっと景色を眺めてるとき

バスでうたた寝しはじめたとき

 

1枚の写真のように映像がパッとみえる

その映像に集中すると、空気の感じ(乾いている、湿気がある)

空や海の色、まわりの景色や様子

さらに集中すると、その時の感情がありありとわかる。

 

いまは冷静に言葉に出来るけど

当時は、ジェットコースターに乗ってるような毎日。

 

このままだと、おかしな人になってしまうのでは?

というより、すでにおかしいかも。。

と、それはそれは真剣に悩んだ。

 

前世がみえるのはどんな時か

何かのきっかけでスイッチが入っちゃってるわけだけど

きっかけって何よ???  

と、考えるもわからない。

 

結局、答えは

専門のセラピストさんに

潜在意識について教えてもらった時にわかった。

"ボーっとしてると、潜在意識と顕在意識の間の扉が開きやすくなる!"

 

小さい時から

青空に浮かぶ雲や

風に揺れる木々、

水面に光がキラキラ反射するのを

ひとりでボーっとみるのが好きだった。

 

前世がみえるのは

決まって"ひとりでボーっと"してる時だった。

私の場合、ひとりでボーっとしてると

前世がみえる状態になるんだ

そう気づいたことで、あることを決めた。

「だったら、普段の生活に打ち込む。身体を動かす。」

ボーっとするのを、意識してやめようとした。

バスケのドリブル練習したり

犬の散歩に出かけたり。

人と会ったり。

結果は、うまくいった。

 

よしよし、うまくいったもんね

そんな風に油断して

小さい時からの習慣で

犬の散歩の途中、雑木林のベンチなんかで

ボーっとしちゃうと

ボンっ、とみえる。

 

はい、ドリブル練習

犬の散歩

 

…この繰り返し。

 

結構な時間がかかったけれど

スイッチOFFを

自分で出来るようになった。

勝手に前世がみえて困る

という状態がなくなった。

 

それからは、

ワイス博士著「前世療法」を

また読み始めた。

その時のわたしにとって

大切なことが

たくさん、具体的に書かれていた。

 

 

 

 

魂の本質〜才能と課題〜

前世がみえるようになってから

専門のセラピストさんに退行催眠療法を受けたのち

自分で退行催眠の過程をするようになった。

大切にしていたことがあって

それは、前世と今の自分とをじっくり照らし合わせること。

その作業には、いつも新しい発見があった。

 

好きなことや得意なこと、

何度もの生まれ変わりで積み上げてきたこと

それらは"才能"として

今の人生に持ち越している。

 

繰り返し経験する、(同じような)困難な出来事

それは"課題"として

今の人生に持ち越している。

 

ということがわかってきた。

 

課題といっても、誰かから与えられたわけではなく

「こんどこそ学ぶぞ〜」と

"自分が決めた"もの。

 

高校や大学の選択科目のように

自分自身が、その"課題"を選択してるわけだから

相手を変えて、出来事を変えて

その"課題"と向き合うことになる。

私たちがよくやりがちなのが

相手を責めたり、出来事に怒る・批判することだったりする。

 

でも、その課題を自分が選択してるわけだから

実は、相手は"憎まれ役をやってくれたありがたい人"

ということになるわけで。

 

課題を選択するのは何のため?

というと

"学び・愛を知り・バージョンアップするため"

 

今の人生を振り返るだけでも

登場人物が変わるだけで

(同じような)困難な出来事が起こることがよくある。

 

このループを繰り返したいのなら

相手を責める、相手を批判する

これをすれば良い。

完璧に同じパターンを繰り返せる。

 

逆に、このループを終わらせると決めたなら

それは"自分が選択した課題をやりますよ"

と宣言したのと同じこと。

具体的には

「この出来事から私が学ぼうとしてることは何ですか?」

と、問いかけてみる。

 

つづく

 

 

 

 

 

魂の本質〜なんとなく傾向があるような 〜

自分の前世をいくつかみて

国、性別、やっていることはそれぞれだけど

なんとなく似通った傾向がある

そう気付いた。

※※※※※※※※※

ある日、寝る前にうとうとしていると

ひとつの映像がパッと見えた。

まだ眠っていなかったので、夢ではなかった。

 

おじいさんがひとりで座っている。

目の前には、囲碁の碁盤がある。

おじいさんは、打ちひしがれている。

何かを諦めた心の状態。

おじいさんは、わたしだった。

場所は、今の中国あたり。

土で出来た数段の階段があり、

おじいさんはそこに腰掛けていた。

打ちひしがれて

心が停止したような状態でいた。

 

わたしは、おじいさんのその様子が気がかりで

何度かその前世を詳しくみようとしたけれど

この前世は、詳しく見ることが出来なくて

気になりながらも、そのままにしていた。

 

数年経ち、何かのきっかけで

囲碁は、中国で占いでも使用していた”

ということを知り、一気に読み解きが進んだ。

 

中国の男性は、碁盤を使って占いをしていた。

何かの行事を行う時や

時期をみる時などに、碁盤を使って答えをだしていた。

まわりには、同じような人達が数人いた。

おそらく、そういう職業があったのだろう。

 

時間が進んで

男性は年をとっていった。

そして、ある時から

はっきりしたことを言わなくなった。

 

理由があった。

仲間のうちの数人が、占いででた答え(真実)を言ったこと

それがきっかけとなり、命を奪われていった。

占いの答えを読み誤ったのか、伝えた真実が気に入らなかったのか。

 

その様子を、男性はみていた。

以前と同じように碁盤を使っていたが

わざと抽象的な言葉を使うようになった。

本当のことをそのまま言葉にするのを止めてしまっていた。

”本当のことを言えない”

男性は、このことが苦しかった。

命の危険を感じて真実を伝えることを止めてしまった。

身体は生き永らえたが、心は死んでしまっていた。

 

 

 

 

 

 

バリ島で一眼レフ

わたしの物語をあれこれ細かく書いてもナンなので

数年分をまとめて。

 

「旅をしたい」という思い。 

まだ体験したことのない美や

まだ出会ってないだけで、大好きな何かが存在している

旅をにはそんなドキドキ感があった。

 

2度目に訪れたバリ島。

とても親しみやすくて、大好きになった国。

ある日、車で移動していた時

同乗していた男の子が、古いタイプのカメラを首から下げていた。

「かっこいいね。」というと

カメラを貸してくれた。

手に持ってみてもかっこいい!と思いながら

首から下げファインダーをのぞいてみた。

その瞬間、別の友人から

「似合う!」と声がかかった。

ファインダーから外の景色を見ていると

気持ちが良かった。

手に持った感じも、一瞬で好きになった。

 

翌日、別の人が

「今日一日貸してあげるよ。使ってみて」と

一眼レフを貸してくれた。

その日は海に行ったので

望遠レンズで、友人や友人の子どもを撮った。

初めての一眼レフ。

遠くから表情を切り取ることが楽しくて楽しくて。

 

帰国後、自分で写した写真を持ち寄って

見せ合った。

そこで、一眼レフで撮影した写真がウケて

「ええぇ!?」と、びっくりした。

自分の撮った写真をみて喜んでくれる姿を

「こんなことってあるんだ。。」と

不思議な気持ちでみていた。

 

 

 

 

 

 

 

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退行催眠療法と潜在意識と瞑想と

ペルーで前世がみえるようになってから

帰国後に、退行催眠療法を何度か受けた。

みえる前世をどう扱ったらいいのかわからず

それを助けてもらいたくて

セラピストさんのところへ行った。

 

何度かセラピーを受けると

やり方がわかってきて

前世がフッとみえると

自分で退行催眠療法の手順でやってみるようになり

心が軽くなるところまで

ひとりで出来るようになった。

 

前世をみるだけでは意味がない

と、いつも思っていて

みえた前世から

今の自分に必要な情報を得ること

それを今の現実で、日常生活で使うこと

これが大事だと思っていた。

 

そのころちょうど

反面教師になる人がいて

その人が「あなたの前世は・・・」と

数人の前で話している場面にでくわすと

だから何なのだ?と思った。

前世で誰だったかわかったとしても

それだけじゃ役に立たないし

今の人生に役立てられなければ

意味がないのでは?

そう思っていた。

 

退行催眠療法の前に

セラピストさんが

潜在意識について

詳しく教えてくれた。

退行催眠療法では、セラピストさんの誘導によって

普段は固く閉ざされている

顕在意識と潜在意識の間の扉を開けて

潜在意識にアクセスしていく。

 

実際に体験してみると、

潜在意識には

普段の状態では思いもよらないような情報が

あるように思えた。

しかも、私たちの人生の舵取りをしているのは

顕在意識ではなくて

潜在意識だという。

 

退行催眠によって

潜在意識にアクセスしている状態は

心配事や不安、悩みなどを感じなくて

とにかく心地よい状態だった。

 

ブライアン・L・ワイス博士著「前世療法2」に

潜在意識について書かれた箇所がある

 

=以下、引用=

ブライアン・L・ワイス 「前世療法2」25ページより

”潜在意識は論理や空間や時間にしばられない存在です。そして、時間を超えてすべてのことを思い出すことができます。

 

何か問題がある時、潜在意識からすばらしい解決法がもたらされることもあります。

潜在意識は私たちの日常の能力を超えた知恵を、表層意識にもたらします。”

=引用、おわり=

 

ペルーを旅してから、

私は、潜在意識にアクセスする

という機会をたくさん持つようになった。

 

思ったことが、フッと現実になる。

 

これは、潜在意識ととても関係しているように思えた。

潜在意識にアクセスしていることで

思ったことや願いが現実になる”意識の状態”に

なっているのかもしれない。

 

実は、私たちは毎日催眠状態を体験している 

そう書いてある部分もあった。

 

=以下、引用=

ブライアン・L・ワイス「前世療法2」24ページより

”催眠術は実は、そんなに不思議なことではありません。催眠というのは、意識がある一点に集中することで、私たちは日常生活でもこうしたことはよく体験もしているのです。すっかりリラックスして何かに意識が集中し、外部の物音や刺激に気持ちを乱されないような時、その人は軽い催眠状態にいます。

・・・中略

ほとんどの人は毎日、催眠状態を体験しています。たとえばおもしろい本や映画に夢中になっている時もそうですし、自宅の近くまで来てほとんど無意識に車を運転している時のように、自動的に行動している時は、一種の催眠状態に入っているのです。”

=引用、おわり=

 

”おもしろい本や映画に夢中になっている時”

そういわれるとわかりやすいと思った。

あの状態か、確かに話しかけられても聞こえない。

 

瞑想は、なんだかむずかしい。

何も考えないようにしようとすると

頭の中は考えでいっぱいになるし

瞑想しながらも

この状態でいいのかな?

と、いつも疑問符が。

 

潜在意識に到達すること

潜在意識にアクセスした状態になること

それは、退行催眠でも出来るし

瞑想でも出来る。

ここまでだと、何だか難しくて

できるかどうかわからない気持ちになるけれど

”おもしろい本や映画に夢中になっている状態”

これも催眠状態だというのが救いだった。

 

退行催眠、瞑想、何かに夢中になること

潜在意識に到達し、潜在意識にアクセスする手段は

何でも良いわけで

「潜在意識にアクセスする」という状態を

毎日、意識してつくりだすことが 

思いや願いが、フッと簡単に現実になることを

可能にしてるように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

願って→忘れる→叶う の法則、再び

会社員を辞めて9ヶ月

旅をしたり、退行催眠療法を受けたり

興味のあることを手当たり次第にしてみたり

本を読んだり

そんな風にすごしていたら

「働きたい」と思うようになった。

旅するにはお金が必要だし

よしっ、働こうと思った。

 

とはいえ、

メインは「旅をすること」。

正社員にはならないで

友人の紹介で、派遣会社に登録した。

仕事はすぐに見つかって、翌週から働くことになった。

 

企業面接(顔合わせ)の日、派遣会社の営業さんと

企業が入っているビル前で待ち合わせをして

現地に着くと

「ええええぇぇぇ!!!」と

それはそれは驚いた。

 

数週間前にそのビルの前を通って

「こういうところで働くのって、いいな〜」

と思った、まさにそのビルだったのだ。

 

企業の方と顔合わせする前から

「これ、また、宇宙が助けてくれてる?」

と、ドキドキバクバク。

 

顔合わせは和やかに終わり

すぐに決まった。

ニコニコ顔で穏やかな課長さんだった。

 

「こういうところで働くのって、いいな〜」と

思ってから、実際にそれが現実になるまでのことを

振り返ってみた。

 

なぜこういうことが起こるのか

しくみを知りたくて、確かめたいという気持ちが強かった。

 

まず

「こういうところで働くのって、いいな〜」

と思った時、どんな心の状態だったか。

・軽い気持ちで

・機嫌よくて

・本心から「いいな」と思った

    ↓

そして、その後

・「いいな〜」と思ったことをすっかり忘れていた。

・いや、そんなこと無理だ!・・・なんて思わなかった。

    ↓

現実になった。

 

やっぱり、願った後に

「忘れて」いた。

 

徹子の部屋に出ていた女優さんに数時間後に会って

天使の光に会った話を直接聞けちゃった時と

心の使い方や状態が同じだった。

 

そうは言っても

ふと思ったことがボンっと現実になる

こんなことが起こるようになったのは

ペルーを旅してから。

 

ペルー前とペルー後、

比較することで、他にもなにか

このしくみのポイントをみつけられる

そう思った。