たましうむ・魂に刻まれた物語を読み解く

ペルーの旅で突然前世がみえるようになり戸惑うも、自分の前世を紐解くうち事務職会社員からカメラマンになりました。魂に刻まれた物語を読み解き、前世から引き継いだ才能・能力・課題を今の人生にいかすことについてあれこれ発信しています。※文章・写真の著作権は、たましうむ にあります。無断転載しないでくださいね。

前世から引き継いだ才能

こんにちは、たましうむです。

 

「前世から引き継いだ才能」というと

特別な人だけのもののように感じるかもしれません。

ですが、今までリーディングを行ってきたなかで 

ひとりひとりに独自の物語があり、

磨いてきた能力や資質が必ずありました。

 

大切にしていたこと、想い、得意だったこと、好きだったこ

仕事を通して追求してきたこと、などです。

 

もし、全員が、今の人生からゼロからスタートするのだったら

子供の個性は、遺伝と環境がすべてということになります。

遺伝と環境の影響は、たしかにあります。

だけどすべてじゃない。

兄弟姉妹で全然性格やタイプが違うということは

よくある話しです。

 

子供を持つお母さんから

生まれた時から「個性」というものがある

という話しをよく聞きます。

 

私たちは、「個性」を持って生まれてきています。

今回生まれる前に生きた人生で培ってきたことや

大切にしてきたこと、学ぼうとしてること、などなどです。

 

それなのに、いつの間にか

自分の「個性」「持ち味」がわからなくなってしまいます。

 

わたしたちは成長する過程で

学校に入学すると、みんなと同じ時間に同じことをする

集団生活というものを始めます。

学年が上がると、そこにテストというものが入ってきて

成績が人と比べて上か下か、序列をつけていきます。

私の中学校では、テスト結果の順位が貼り出されました。

暗記すること、勉強すること、みんなと同じことをすること

小学校、中学校、高校、大学と過ごして、就職活動をして

会社に入ったとします。

 

小学校にあがってから「してきていないこと」がありますね。

「自分の個性を知る、伸ばす、磨く」ことです!

 

大人になって、働くようになって

「自分が何に向いているのかわからない」

「何をしたいのかわからない」

という人は、たくさんたくさんいると思います。

会社を辞めた時の私もそうでした。

まーったくわからなかった。

 

そんな私が、ペルーにいって

突然前世がみえるようになって

とまどいながら、でもなんとかしなきゃ変な人になっちゃう!

という焦りとともに、必死で自分の前世を紐解いてきましたが

気がつくと

自分は何がしたいのか

何が好きなのか、向いているのか、向いていないのか

得意なことは何か、不得意なことは何か

これらがみえてくるようになりました。

思い出す作業というのでしょうか。

 

前世を知るのもひとつの手だけど

もともと「個性」を持って生まれてきているわけですから

もともと「前世から持ち越した才能や学び」が

自分の魂に刻まれているわけですから

思い出す作業をすればいいのです。今日から。

小学校に入ってからずっとしてこなかった

「自分の個性を知る・伸ばす・磨く」ことを

毎日意識することです。

ま・い・に・ち です!

だって、ほら

今までしてこなかったわけですから。

 

そして、「ある」のだから

意識を向ければ、必ず「ある」ことがわかるし

みつかるのです!

 

こどもの時に鍵があります。

こどものころ、わたしたちは自分自身として存在していました。

自分以外の何かになろうとしていなかった頃に気持ちを向けてみる。

こどものころ何をして遊ぶのが好きだったか。

何に熱中していたか。

どんなこどもだったか。

 

あとは、初めてなのに上手く出来ちゃうことや

人から褒められたりしたこ

などなどです。

 

こういったことを

毎日意識して、書き出したり、メモしたり。

自分の内にすでに「ある」もので

眠っているだけなので

みつかります。

だって「ある」のですから。

 

「今の自分」を注意深〜く、そして客観的に観察力することで

前世から引き継いだ才能はわかってきます。

誰もが、持って生まれてきているのですから。 

 

 

 

 

「明るい人」でいるために

こんにちは、たましうむです。

 

明るい人は、光が明るい

と、前の記事で書きました。

 

「わたしが暗いのはいいことないからです。」

「あの人がああだから、わたしは明るくなれない。」

「あの人がひどい。」

だとか。

いろんな人がいるし、いろんなことがありますもんね。

あなたが明るくなれない理由は

他の誰かや、職場や家庭での出来事や

あれやこれや…

たしかに。

ごもっとも。

わかります。

 

でも!

でも!!

 

そういう状況は

ちょっとだけ脇に置いといて

 

自分を明るくすることに集中!です。

 

「自分を明るくする??何それ?」

と言われそうですが

具体的にできることを実行してみる

ということです。

 

今日から

・挨拶の声を、いままでより一段大きく明るく

「おはようございます!」

・言葉を変える

「ありがとうございます!」

「感謝します」

「ツイてるなぁ」

と、つぶやく。人にも自分にも言う。

・よく笑う!

ニコニコ微笑んだり、声にだして笑ったり。

小さい子や動物に笑いかけたり。

 

実験で、ためしに3日間やってみる

1週間やってみる。

とにかく、自分を明るくすることに集中。

さらに2週間やってみる

1ヶ月やってみる。

自分を明るくすることに集中、実行。

 

これ、実際によくやってました。

いまでもやります。

 

これね、どうなるかというと

自分の住む世界、家庭・職場・友人関係が

心地良いものになっていたり

いい流れができたり、

嬉しい出会いや偶然があったりするんですよ。

 

自分が「明るい光」の磁石でいるために

・明るい声で挨拶して

・明るい言葉を使って

・明るく笑う

 

自分自身が「明るい光」の磁石なわけですから

自然と引き寄せられるのは

明るい人、明るい気持ちになる出来事こと

ですね。

 

自分のケアを自分で日々こまめにすることが

大切だなと思います!

明るい人・暗い人

こんにちは、たましうむです。

 

人をあらわすのに

明るい人・暗い人

って、よく言いますよね。

 

結局、私たちは、"人は光である"ってことを

どこかでわかっているんでしょう。

 

先日、数年振りに会った友人がいます。

派遣社員で働いてた時の営業さん。

違う部署だったけれど、仕事で接点があって

社内で会って「おー、元気?」などと話すうち

一緒にランチに行くようになって

仲良くなっていきました。

 

この友人に社内でばったり会ったりすると

なぜかいつも笑っちゃう。

顔をみるだけで、一気に明るい気持ちになるんです。

 

数年振りに会った友人の顔を見て

やはり笑いがとまらなくなっちゃいました。

「なんでいつも笑うんですか〜!」

と言われて考えてみると

おかしいから笑っちゃうのではない、

嬉しくて楽しくて笑っちゃう。

その友人と話しをするようになる前から

なんだか幸せそうな人だなーと思ってみてました。

で、仲良くなってみたらやっぱりいつも幸せそう。

 

部屋に入ってきて、その場を明るくする人っていますよね。

実際にその人の光が強いんでしょう。

明るいんでしょう。

 

人は、明るいところあたたかいところに集まる

と言いますが、私たちは光を敏感に察知しているんですね。

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元スパイの物語 〜その2〜

こんにちは、たましうむです。

 

元スパイの物語 〜その1〜の続きです。

 

友人との会話がきっかけとなり始まった

元スパイの話。

そういえば、そういえば・・・と

あとからあとから、スパイっぽい発言が自分から出てきて

それを聞きながら「ほぉーっ、そうなんだ。」と

感心したり「なるほどね、だからかぁ。」と思ったり。

 

”背後から近づく足音が恐怖”

”人を信用するまでに、充分な時間をかけて相手を観察する”

 

こんなことをずっとしてきただなんて。

友人から「スパイだったんじゃない?」と言われるまで

全く気付いていなかった。

それをしてるとは気付かずにいる。

あたりまえすぎて、自然すぎて

自分がそうしていることを意識することも出来ないし

そうすることが普通すぎて、自動的に行動していた、ということです。

 

前世でしていたのと同じことを、無意識に今の人生でもしていた

ということなんでしょう。

 

前世から持ち越した”才能”や”能力”があります。

そして、今の人生ではもうそれはいらないよねということや、

それどころか、自分を苦しめる原因であることもあります。

 

ソビエトでスパイをしていた

ということを、自分としては腑に落ちて

「そうだったかもね!」と思いますが

どこで何をしていたか、それは本当はどうでもいい話し。

前世の物語が正しいかどうか議論するよりも

そこはサラッと軽くとらえて

大切なことに意識を向けます。

それは「今の人生との関わり。」

今の人生で、前世から引き継いだ資質が

「必要か」「不必要か」をまず整理します。

 

無意識にあったことが意識化されると(頭で理解すると)

苦しみから解放される、ということが

退行催眠療法でよく起こることです。

 

この文章は、友人と「ソビエトでスパイだった」話しをした翌日に書いていますが

実はいま、身体から”緊張感”や”張りつめたなにか”がなくなったようで

これまでに感じたことのない身体の軽さと深い安心を感じています。

呼吸も深くなって、とにかく楽。

今までは、からだの細胞ひとつひとつの間にピーンとはりつめた糸があったのが、その糸がなくなり、細胞がぷかぷか水に浮いてるようなラク〜な感じといいますか。

 

背後から近づく足音についてはどうかな

と、今日一日を振り返ってますが

何も思い出せません。

どういうことかというと、足音を意識しなくなった

ということです。

今の人生で、足音を警戒する必要はないということがわかった、ということ。

背後から近づく足音に対する恐怖、これは今の人生に不必要です。

今は、そんな警戒の仕方をする必要ありません。

警察官でも警備員さんでもなく、わたしカメラマンですからね。

 

そして、人を観察すること

これについて考えます。

警戒するための観察は「不必要」。

一方、写真で人を撮影する時に、表面だけでなくその人の内面をとらえる時に前世で培った観察力を使うことは「必要」

 

前世で培った資質を知ったら、それを今の自分がどう使うか

頭で整理して理解すること、これが大切なことだと思います。

自分を苦しませるような使い方はやめて、

役立つことは”このように使おう”と改めて意識する。

前世でその資質を磨いてくれたことに感謝して

資質・能力を存分に使っていく。

前世で培ってきたことですから、意識して使っていけば

才能としてさらに輝いていくものです。

 

こんなふうに、自分の資質と向き合うことが

自分らしく生きること、自分の才能や能力をさらに輝かせて多くの人々に提供し、

調和して響き合うことに繋がっていくのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

元スパイの物語 〜その1〜

こんにちは、たましうむです。

この夏は本業が忙しく、ブログがすっかりご無沙汰になりました。

秋の虫の音を聞くようになると

暑い夏が終わったんだなあと、心も身体もホッとします。

 

さて、今日書くことは

親しい友人のとの会話から

結果として、いつのまにかリーディングへ突入という 

ある日のことについてです。  

 

舞台鑑賞好きの友人に

ある新作ミュージカルを「これ観に行く?」と

聞いたことが始まり。

どんな内容?と言いながらチラシのあらすじを読むと

友人は「私、近代の戦争ものを観れないからやめておく。」

と言う。理由を尋ねると

「舞台に入りこんで観るからだと思うけれど、胸が苦しくなって観ていられない。」

とのこと。

 

私も以前似たような体験をしていて

ソビエト時代が題材の舞台を観た時

ズドーンと重苦しくなって

観劇後数日寝込んでしまったことがありました。

 

ソ連ってなんだか怖いんだよね。」と私。

「え?なんで?そんなこと思ったことないけど?」と友人

 

私「いや、もうね、ソ連っていうと常に見張られている感じがして怖い。」

「今でも、足音が怖くて、背後からコツコツ足音が近づいてくると、相手に悟られないように急いで距離を広げようようとするし、絶対に振り返らない。後ろからくる相手のスピードが速くて抜かされる瞬間、全身の細胞がヒヤッとする。私を抜かした後そのまま相手が私に注意を払わず歩いて行くと、心の底から安堵感が湧いてくる。背後からくる人は、ヒールを履いたお姉さんだったり、会社員さんだったりして、一度も怖い目にあったことはないし、怖い人が近づいてくるんじゃないことは頭でわかってるんだけど怖くて仕方ないんだよ。」

と、言葉がつらつらでてくる。

友人は「へー、人の足音なんて気にしたことないよ。」と笑っている。

 

そうなんだ、背後からの足音を聞いても

怖いって感じないんだ、と驚く。

 

友人は笑いながら「スパイだったんじゃない?」と。

 

「スパイだったんじゃない?」

この一言を聞いて、そういえば・・・と

幾つかのことを思いだす。

小さな頃、母に連れられて知人宅に行った時

私が子供だから、母の友人たちは私にお菓子を出してくれた。

ものすごく食べたかったけど、絶対に食べなかった。

食べたくてお菓子をじーっと見ていたけれど

どんなに勧められても私は食べなかった。

何度も同じお宅にお邪魔して、ある期間が経つと

お菓子を食べるようになった。

 

という話をすると、友人は「なんで食べなかったの?」と。

「だって、毒が入ってるかもしれないじゃない!」と私。

 

「・・・え?!」

という表情で顔を見合わせる、友人と私。

 

なんと言いますか、

これらはすべて、口をついてでてきた言葉です。

小さい時に、だされたお菓子を食べなかったのは覚えていたけれど

恥ずかしがり屋さんだったんだと思ってました。

毒が入ってるかもしれないからだされたお菓子を食べないで、信用するまである一定の期間相手を観察し、自分の中で「よし。」と判断してからはお菓子を食べる。

だなんてことを、小さな女の子がするのって変な話し。

そんな解釈、今までしたことなかった。

 

でも、妙に納得。

 

友人「スパイってカッコいいよね、帽子かぶってコート着て・・・。」

私「いやいや!違う違う、スパイは紛れるんだよ!フツーの顔して紛れてるの。帽子かぶってコート着てるスパイはいたかもしれないけれど、映画や舞台でスパイってわかりやすいようにしてるだけだよ。スパイは紛れてる、人と何か違うって悟られたら終わり、フツーに生活してるんだよ!!!」

なんだか、口からつばでも飛んでそうな勢いで語り出すわたし。

 

ここまでくると、どんどん言葉がでてきて

それを「へえーっ。」と私自身も驚きながら聞いている感じ。

 

私「今でもね、人と話してると、ものすごく観察してるよ。本心を見抜こうとする。

派遣社員で働いていた時、1年間は挨拶のみのお付き合い。1年経つと、この人は大丈夫(信用できる)と思った人と相手や自分のプライベートの話しをするようになったよ。」

 

こう思い返すと、必要以上の警戒心。

そんなに警戒する必要まったくないし、周りの人や職場の仲間はいい人達だったし。

 

「あと、人の視線を感じるとサッと隠れようとするなあ。それに、よくスマホで写真撮ってる人がいるけど、たまたまそこを通りかかった時に、自分が写らないように必ず顔を背けるよ。その人は私なんて撮ってないことは知ってるんだけれど、”カメラ向けるのやめてくださいよ!”なんて思いながら顔を隠すねぇ。」

 

そういうと友人はかなり驚いて

「いつもあなたは、いろんな人と楽しそうに話したりコミュニケーションとれてすごいなって思ってたよ。みんなと仲良くできていいなーって思ってた。」と言った。

 

自分でも、そんなことしてるなんて

全く意識してなくて、自然に自動的にしていたこと。

みんなそうしてるでしょ?と思ってるくらい。

観察してるなんて思ってなくて、呼吸のように

当たり前に自然にしていたことでした。

 

わかっててそうしていたら、友達として

ちょっとイヤだなって、自分でもそう思います。

 

その友人とは、もう25年以上の付き合いになるけれど

私の話を聞き、それはそれは驚いて

「全然わからなかったよー。」と言っている。

 

「スパイとして大成功だね。」

と、ふたりで笑い合った。 

 

つづく

悪口はやめたほうがいいらしい

こんにちは、たましうむです。

 

先日、知人との会話でこんな言葉を聞きました。

「◯◯さんってどうせバカなんだからしょうがないよね。」

久々にギョッとしました。

 

悪口というものを言わないよう気をつけて数年経つので

久し振りに聞いた言葉に、驚いたのなんのって。

 

日々生活し仕事をする中で、いろいろなことがあります。

そんな時、つい心の中であれこれ思ってしまいますが

悪い言葉を発しないよう気をつけています。

 

それは、

良い人になるためでも

道徳的にいけないことだからでもありません。

 

悪口を言うということが

自分に対してストレートに影響があることを知っているからです。

その事実を知ると、恐ろしくて悪口なんて言えません。。

 

(悪い言葉を使わないでいると、だんだん、心に浮かぶ言葉も悪いもの(ネガティブなもの)がなくなってきますよ。これ、実験済み。)

 

潜在意識は人称を理解しない

と言います。

脳の、言語・知性を司るところ大脳新皮質

ニ人称(わたし、あなた)を区別しますが

大脳は人称の区別が出来ないんだそうです。

 

どういうことかというと

「あの人はどうせバカだ。」と言うと

その言葉を発した人の脳は

誰が(わたし、あなた)バカなのかを区別出来ずに

「わたしはどうせバカだ。」と

理解しちゃうんです。

他人に言ったつもりが、実は自分自身にも言っているということになります。

「わたしはどうせバカだ。」と宣言していることになる。

 

そしてだいたい、そんな発言したことは

忘れちゃってますから、忘れた頃になって

「わたしはどうせバカだ。」という体験をすることになる。

 

言葉を発してから現実になるまでに

時間の経過がありますから

まさか自分の発した言葉が原因だなんて

思いもしないのです。

 

いいなと思うところを人に言葉で伝えたり

褒めたり、感謝を伝えたり

そうすると、自分を褒めている

と大脳は理解する。

良いところを伝える、感謝している対象は

自分自身、ということになります。

引き寄せる現実も、感謝することや

褒められること、褒められる体験をする

ということです。

 

言葉を変えるのって、意識しないと難しいけれど

意識して変えるように毎日過ごしていると

あっという間に現実が変わっていきます。

そういうふうに出来てるんでしょうね。

   

言葉って相当パワフルなのですね。

 

才能と根気の話し

こんにちは、たましうむです。

久しぶりの更新になりました。

 

先日、美容室に行きまして

いつも担当いただく美容師Nさんとの会話が

才能について考えさせられる内容だったので書いてみます。

 

美容師Nさんには、4年ほどお世話になっていますが

どんな髪型にしたいというオーダーを

上手く説明出来ないにもかかわらず

「そう!こんなふうにしたかった」という髪型に

毎回仕上げてくださる、私の中でスーパー美容師さん。

時々シャンプーから担当してくれることがあり

シャンプー後は肩〜背中もマッサージしてくれますが

深〜くリラックスした脱力状態になり

すぐ立ち上がるのが困難なほど。

マッサージサロンに行っても、こんな状態になりません。

カットするハサミの音も心地良く

いつも癒されて帰ってきます。

 

天職に就いてらっしゃるんだなぁと感じる人です。

 

この頃は、4月に新しいスタッフさん数人が入ったとのことで

毎回違う新しい方がシャンプーしてくれます。

不慣れで初々しいなかにも、力加減がちょうど良かったり

思い切りの良さを感じられる人、慎重な人など

個性が様々です。

 

美容師Nさんに質問。

「新人さんたち何人かいらっしゃるけど、すぐやめちゃう人いますか?」

Nさん「いますよー。」

私「それって、向き不向きとかそういうことで?」

Nさん「いや、違うでしょうね。美容学校の同級生で一番才能あった子がいたんですけど、すぐに美容師辞めて、今はやってないですよ。才能あるなしは、あまり関係ないかも。」

私「だったら、何が必要?」

Nさん、…しばし考えて

「根気と根性、あとそれが好きだということですね〜。」

 

確かに。

 

まわりを見渡して、活躍してるみなさんは

とっても地道。

基本や基礎を大切にしていて

はたから見ると物凄い努力家さんだけど

「好きだから〜」と言っている。

 

もちろん、自分の素質を知り

向いていることを見つけることは大切だけど

結局は根気がものすごく大事、ということを

あらためて感じたものです。

 

 

 

 

 

 

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